2023年1月3日火曜日

河野流:大学院進学のススメ

ご挨拶 

皆さん、こんにちは。東京情報大学の河野です。前回から1年半振りの更新となってしまいました。

大学では、4年生は卒業論文の追い込み、3年生は就職活動が始まる時期です。今年は河野ゼミ発足12年目で最初の大学院生3名がいよいよ修士論文をまとめようとしています。また、4年生のうち2名は大学院進学を予定しており、研究活動の進展を期待しているところです。

思えば、現在の修士2年の3名が進学しようか考えていたとき、10年振りくらいにネットワークゲームの研究を再開しようとしていました。「このテーマだと大学院でじっくりと3年計画で進めるのがよい」と話したことで、3名とも進学を決めたと記憶しています。

この時期に思うのは、「この学生は進学するといいのに。このまま卒業するのはもったいない」という学生が毎年必ず1人はいることです。本格的に卒論に着手して半年程が経った大学4年の12月頃に、研究の基本が身に付いてきてようやく使える人材になってくる印象です。そのまま就職してもある程度は活躍できるでしょうが、あと2年あればもっと成果が出るだろうにもったいないと思うことが多いです。そこで今回の記事では、大学院進学のススメをテーマにお話しします。


大学院とは?

大学院とは、学部卒業後さらに学問を究めるための研究を中心とした高等教育機関です。大学院でも単位修得のために授業はありますが、学会発表や論文投稿、学部生の指導などの研究活動が中心で、修士課程は2年、博士課程はさらに3年の研究期間で最終的に修士論文、博士論文をまとめます。

この記事の読者が大学院進学を少しでも検討している学生の皆さん社会人で学位取得を目指している方、あるいは既に大学院を修了されて活躍している方と想定して話を進めます。最終的に進路を決めるのはあなた自身ですが、様々な情報を得た上で選択肢の一つとして進学を検討するのと、限られた情報の中で進学が選択肢から除外されるのとでは、進路選択の結果や数年後の納得感に違いが生じると思います。その積み重ねの結果によって、10年後、20年後の未来は随分と違ったものになるでしょう。

もしあなたが大学院進学を少しでも検討しているならば、ぜひ進学した先輩や大学の先生、大学院を修了した社会人の方に話を聞いてみてください。身近な友人や先輩、ご両親、大学のOB・OGなどの話も参考になる部分はあると思いますが、大学院の仕組みや研究生活を知らない方に聞いても、そのメリットを理解することは難しいと思います。

そもそも大学院に進学するメリットとは何でしょうか?あるいは、私を含め大学教員がなぜ口を揃えて優秀な学生には大学院進学を勧めるのでしょうか?

大学院進学のメリット

学生本人、大学、教員、社会それぞれの視点で大学院進学のメリットを考えてみると、以下の4点が挙げられます。

  1. 研究室のアクティビティ活性化
  2. 教員の学生指導の負担軽減
  3. 社会に価値を提供できる人材を増やす
  4. 自身の市場価値を高めて未来を創造する

上記1について、大学院生の存在は、所属研究室での研究を推進するためのエンジンのようなもので、それによって学会発表や論文投稿などより多くの研究成果を挙げることができます。学位授与の基準は、大学院の学位審査基準や研究室内規によって様々だと思いますが、一般的には修士で学会発表数件と国際会議1件以上、博士で学術論文2本以上と国際会議数件あたりが目安ではないかと思います。

大学院生には、自身の研究に加えて学部生の指導も期待されていることから、上記2の教員の負担軽減が期待できます。これは学生自身のメリットではなく、教員が楽になるだけではないかと思うかも知れませんが、教員はそれで空いた時間で大学院生の研究指導をしたり、教員自身の研究を進めたりできるので、結果的に1のアクティビティ活性化にもつながります。

上記3の社会に価値を提供できる人材についてです。大学院での研究活動というのは、自分でテーマを決めて(新しければ何でもよい※教員が指導できる範囲ではあるが)、課題解決のための試行錯誤を繰り返し、得られた知見をまとめて対外的に成果を発表する知的生産活動であるといえます。このような答えのない問いに挑み続けることで、専門知識・技能に加えて、課題発見力・解決力問う力企画力プレゼンスキル論文執筆能力最後まで諦めない胆力人脈構築力などを備えた人材となり、まさしくVUCA(Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつなぎ合わせた言葉)時代に価値を提供できる人材として社会での活躍が期待されます。

上記4の自分自身の未来創造についてです。大学院進学の意義としては、「自分の好きなテーマに2年~5年の中長期的に取り組める」点が特に大きいと考えます。自分の好きなテーマということは、企業や団体のミッションと関係する必要はありませんし、ビジネスプランを考えて収益を上げる必要もありません。社会的意義を問う必要はあると思いますが、何の利害関係もしがらみも意識することなく、自分が本当にやりたいテーマに注力して研究活動を進めることができます。この研究活動を通じて身に付けた技能によって、自分の市場価値を高めて将来の選択肢を増やすことにつながります。キャリア設計を行う際に、研究計画と同様に自分自身の成果の意味付けを行い、今後の活動指針を設計できる力こそが研究活動を通じて身に付けるべき技能であるといえます。例えば、私がこの記事を書いているのも、大学院での研究活動で培った課題発見力や問う力などの賜物であるといえます。


大学院でしか培われないもの

ここまでは、大学院進学についてやや抽象的な話が中心でしたが、もう少し具体的なメリットについて考えます。学部卒のみでは十分に達成できないこと、大学院での研究活動でしか培われないものに分けて説明します。

  • 学部卒のみでは十分に達成できないこと
    • 専門技能の修得&実践(学部だと実力が付き始めた頃には卒業)
    • ある程度の研究期間が必要な調査や大規模システムの開発
    • システムの企画・設計などの上流工程の開発経験
    • 学部生に対する教育指導や研究指導を通じた教育経験
  • 大学院での研究活動でしか培われないもの
    • 専門分野に関する研究遂行力(文献調査、システム開発、評価、論文執筆)
    • 学会参加経験(最先端の研究に触れる、発表で胆力を鍛える、他大学の学生・先生方との人脈作り)
    • 研究成果をもとに就活に臨めるチャンス(研究成果や専門技能を企業に売り込む)
    • 教員採用試験でアピールできる教育関係テーマでの研究成果や専門技能

上記について、ある程度の研究期間があることで、専門技能の修得に加えて、人の成長や地域改革などの中長期的な調査が必要な研究、あるいは開発期間を要する大規模システムやその運用のための時間を得ることができます。加えて、自身の好きなテーマに着手し、企画から設計・開発・運用までを一手に担うことができます。これらは学部卒では到底経験できないことであり、仮に運よく経験できたとしても就職して10年後くらいにあくまでも会社のテーマとして経験できるようなことばかりです。

一方、大学院での研究活動でしか培われないものとして、まずは専門分野に関する研究遂行力が挙げられるでしょう。学会発表を目標に、きちんと研究計画を立てて着実に研究を進めることで研究遂行に必要な「目的、手法、評価」の基本的な研究の流れが身に付きます。学部での卒業論文でも同様の流れで進めることにはなりますが、どうしても研究を通じた教育的側面が強く、学会発表を目標として進めることは難しいです。学会に参加することで、その分野での最先端の研究に触れること、研究発表によるプレゼンスキルや胆力を鍛えることができます。また、学会を通じて得られた人脈というのは本当によいもので、何か困ったことがあったときや技術的な相談があるときに、ご自身の指導教員を通じてでもよいので、そこで知り合った先生方に相談することもできます。大学の先生というのは、面白そうな話や研究になりそうな話、新しい取り組みなど、知的好奇心を駆り立てられるような話であれば相談に乗ってくれることが多いです(忙しい場合や興味がない場合には連絡が取れないこともあります)。

あとは就活で有利になる点でしょうか。採用面接の際は、学生時代に取り組んだことや工夫したこと、今後やりたいことなどを聞かれます。その際に、研究成果や研究活動で修得した専門技能をアピールできる点は、学部卒と比べて大きなアドバンテージとなります。今年卒業する大学院生の場合、大学院での研究成果や研究遂行力、専門技能、プレゼンスキルなどが即戦力として評価されたのだろうと想像していますが、オンラインゲーム会社から内定を得ました。実際、研究室でのディスカッションで何度も議論したサーバとクライアントの動的処理技術、同期手法、通信遅延とその影響などの専門知識が役に立ったと本人が話していました。

また、教職課程の学生の場合は特に、大学院進学により採用試験で有利になると考えられます。本学の教職課程の場合、高校の情報と中高の数学の教員免許が取得可能です。特に情報の教員の場合、新課程の情報I(必修)ではプログラミングを教えること、情報II(選択)ではAIやデータサイエンス、ICTを活用した課題解決など、研究にかなり近い内容を教えることになります。教員採用試験の際に、教育関係の研究テーマの成果や専門技能、研究遂行力を示すことのできる大学院生はかなり有利な条件で試験に臨めるチャンスがあります。そういった意味では、大学院進学の際は研究テーマが特に重要であり、どの先生に付いて指導を受けるかが大事です。

進学するかどうか悩むあなたへ

ここまで大学院進学のメリットについて説明してきました。研究が面白い、自分の市場価値を高めたいという方は、ぜひ大学院進学を検討してください。一方、大学院進学のメリットは理解できるものの、早く就職したいとかこれまで進学は考えていなかったなど、進学するかどうか悩んでいる方もいると思います。そういった方の場合、以下のような不安があるのではないでしょうか?

  • 学費の工面に不安がある
  • 早く働いたほうが仕事を覚えられる
  • 学部卒の同期と比べて出遅れてしまうのではないか
  • 研究を進められるか不安がある

学費の心配について、大学院生用の奨学金や学費減免制度、学資ローン、TAの給料、博士の場合ならば日本学術振興会の補助金(DC1・DC2)などを組み合わせることができれば、親や保証人からの資金援助を最小限に抑えつつ、学業に取り組むことができます。教育は最も費用対効果が高い投資とも言われており、未来の自分に対する投資と考えれば何ら気兼ねする必要はありません。進学を検討する上での懸念事項が学費のみであれば、何とかして解決する筋道を探るのがよいでしょう。

修士の場合だと2年ですが、学部卒の同期と比べて社会に出るのが遅れることになります。もちろん、仕事の中でしか身に付かないスキルもあると思いますが、それがたかだか数年遅れたくらいで仕事が覚えられない、あるいは覚えるのに時間が掛かるということは全くありません。むしろ大学院での研究活動で培った専門技能や考え方によって獲得した伸び代があるため、学部卒の方と比べてできる仕事の質や効率に関しては数年で追い越せるはずです。

一般的に、仕事の中で身に付くスキルとしては、メールマナーや議事録の取り方、スケジュール・タスク管理などのビジネススキル、チームでのシステム開発、企業毎のコーディングルールや開発ツールの活用方法(ソースコードやバグ管理、コミュニケーションツール)、サーバ構築・管理などの開発スキル(ITエンジニアの場合)があります。私自身も修士卒の段階で企業で勤めた経験があり、いまでも役に立っているものが多いですが、大学院進学を諦めてまで学部卒で少しでも早く修得すべきだったスキルというのは何一つありません。上記スキルは、大学院を修了してからでも、あるいは大学に行かなかったとしても、身に付ける意志があればいつでも修得できるものだからです。

リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著の「ライフ・シフト」によれば、人生100年時代においては、専門技能の連続的習得が不可欠であり、そのためにはキャリアのある段階での学び直しが重要となります。社会人向けの学び直しの受け皿として大学院が期待されており、ビジネス関係やデータサイエンスなどを研究対象とした大学院も設置されつつあります。

もしあなたが学部生で、いずれ大学院も挑戦してみたいが、まずは就職して一人前になってからと考えているならば、いまこの段階で大学院に進学したほうがよいと思います。一度就職して、働きながら大学院に通うというのは並大抵のことではありません。日々の生活に精一杯で当初抱いていた進学したいという意志さえ揺らいでしまう可能性があります。いま進学できるチャンスと能力があるならば、覚悟を決めて飛び込んで欲しいと思います。それに、できるだけ早い段階で大学院でしか培われない技能を持っていたほうが、その後の人生は断然有利です。人生のキャリア設計において、現状の課題とその解決策を導くための方策というのは、研究活動における研究計画そのものであるからです。修士卒で就職した後、学び直しが必要と感じた際には、ぜひ博士課程の門戸を叩いてください。

あなたがいま社会人で、学位取得を目指しているならば、どういうテーマで研究をしたいのか、同様のテーマで研究している先生がいるか(全く同じということはないと思います)、どういった学会で発表しているのかを調べてください。学部卒であればできれば修士から、既に修士号をお持ちであれば博士課程への進学を検討するとよいと思います。最終的に博士を目指しているとしても、修士課程でその分野の研究手法を身に付けることができるのと、博士号はすぐには取得できないのでまずは修士課程からがよいと思います。

最後にこれは私の持論ですが、学生時代は長いほうがよいです。学生でしか、研究活動を通じてでしかできないことがあります。人生は長いです。永遠に生きるかのように学び、明日死ぬかのように生きたいものです。学びて然る後に足らざるを知る。私の好きな言葉です。

皆さんの進路選択の参考になりますように。応援しています!

過去記事の参考